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少年犯罪について(98/2/19) 昨年の酒鬼薔薇事件もそうだが,少年事件が起こる度に,少年の精神病理の乱れが問題になる。 私も精神科医としてものを書くためか,事件が起こる度にコメントを求められることも多い。 人間に軽薄なところがあるために,適当に精神科の知識を組み合わせてコメントをしてしまうことも少なくないのだが,正直なところ報道されている内容程度では,その少年の精神病理を判断することは不可能である。はっきりとした分裂病のような症状があれば別だが,簡易鑑定と言われる精神障害がないかどうかのスクリーニングでさえ,2,3時間の面接を要するし,捜査上の秘密や家族的背景も一通り聞いて行うのである。まして,正式な鑑定は何ヶ月もかけて行うのが通例だ。精神科のプロでさえ,被告人の精神病理を理解するのにそれだけの情報が必要なのだ。ましてや少年の場合,正常でも精神的に不安定なので,非常にバリエーションが広いために,ちょっとやそっとでは,その心の中の理解はできるものではない。酒鬼薔薇のような残虐なことも少年だからできたという部分もあるわけだ。 むしろ,学者や専門家が行うべきことは,こういう事件で浮薄なマスコミが浮かれているときに客観的で冷静な意見を言うことだろう。少年の残虐事件や殺人事件が本当に増えているのかであるとか,統計学的に見て例外的なものであるとか,科学者の立場から言えることはたくさんあるはずだ。 なぜこういう話をするかと言うと,少数例のために多数が影響を被るシステムの変更が生じることを避けたいからだ。例えば,進歩的といわれる教育論者は,この事件は管理教育のためだと語り,受験体制や学校による管理の問題を改正すべきだと主張するだろう。逆に,反動と言われる人たちは荷物検査などの規制を厳しくせよと主張するだろう。どちらの視点でも,欠けているのは,現状でおかしくなっていない大多数の子供たちに与える影響である。 管理教育や受験体制を緩和したら,その少年の病理が発生しなかったかどうかも疑問が大きく残るが,よしんば精神鑑定などの結果,受験や管理教育がその子どもの病理に悪影響を与えていたのが確実とわかったところで,それで教育制度全般をいじることには慎重でなければならないだろう。その少年に当てはまったことがすべての子どもにあてはまるとは限らないからだ。 今回のような事件が起こると,管理教育や受験教育が問題になることは多いが,私の目から見るとまず連想されるのはアメリカの青少年の病理の混乱である。少年の凶悪犯罪が多いことも,拳銃を持ち歩く少年が増えていることも,アメリカでは今に始まったことではない。もちろん,彼らにはスラムや児童虐待の親に育てられたことやコカインなどの金ほしさなどという日本にはまずない理由があるので参考にならないという考え方もあるだろう。しかし、少なくとも管理教育や受験競争が日本と比べてはるかに緩やかなアメリカで、少年の凶悪犯罪や武装化が先に、またはるかに広く行われているという実状を考えないと、進歩派の人たちの意見は説得力をもたないだろう。ついでに言うと、管理教育や受験戦争がむしろ日本よりし烈な、韓国、台湾、シンガポールでこのような問題はほとんど生じていないのである。日本にしても、管理教育、受験競争は20年以上も前から問題になっている。拙著『受験勉強は子どもを救う』でも問題にしたように、受験戦争について言えば、20年前と比べてむしろ緩和されているのが実状なのだ。 集団精神医学の考え方では、集団に明確な課題を与えないと、集団が精神病性の退行を起こしやすいという。おそらく、精神的に不安定な思春期はなおのことそうだろう。 学者の先生方が、もし現在の管理教育や受験システムが、このような子どもの凶悪化の元凶と考え、制度を改正するつもりならば、例えば1000から2000人規模でよいから、モデル校でも作って、それが本当かどうかの実験してから全国的な改革に手をつけてほしい。 さて、それでは荷物検査についてはどうか?これも私は子ども学者の先生方が、もし現在の管理教育や受験システムが、このような子どもの凶悪化の元凶と考え、制度を改正するつもりならば、例えば1000から2000人規模でよいから、モデル校でも作って、それが本当かどうかの実験してから全国的な改革に手をつけてほしい。 さて、それでは荷物検査についてはどうか?これも私は子どもの発達に悪影響を及ぼすと考えている。思春期は親離れの時期であるが、その中で親や親世界に秘密をもち、親友グループと秘密を共有するというのは、発達上重要な意味をもつと考えられている。 荷物検査という形で、親世界が強制力をもって秘密をあばくのは、発達上好ましくない。例えば、高校生くらいであれば、ポルノを隠し持つことは、発達のために意味のないことではないのだ。 結論的に言うと、ナイフを持つことに対して、法的制裁がいちばん妥当な解決法だろう。例えば、荷物検査をしなくても、違法で、みつかれば、少年院送りというものは、ほとんどの子は隠し持たないものだ。いくら覚醒剤が蔓延してきたといっても、かばんの中に覚醒剤が入っている子は1%もいないだろう。ナイフも所持だけで罰せられるということになれば、多くの普通の子は手を出さないはずだ。もっていることがわかった段階で警察に送られるのならば、ナイフを教師にちらつかせることは事実上なくなるだろう。銃刀類不法所持を拡大適用するだけで済む話だ。私がなぜナイフに対して厳しい態度を主張するかと言うと、思春期において、キレたり、感情が爆発すること自体は珍しくないと考えているからだ。アメリカのようにたまたまキレた時にピストルをもっていたら、即悲劇につながる。撃たれた側はもちろん、撃った側にも悲劇だ。これはナイフについても同様だ。キレた時に素手とナイフでは意味が違う。不要なのであれば、思春期の子どもにナイフを持たせる必要はない。 私自身、子どもの世界や子ども全体の精神病理に長いスパンで何らかの変化が起きていることは認める。しかし大人の犯罪の歴史が、大人のパーソナリティの変化を物語るものではないのと同様に、子どもの事件で子ども全体のパーソナリティの変化の説明をするのは極めて無理があることだけは精神科医として苦言を呈しておきたい。 |
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