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認知心理学と受験勉強(98/4/16)

 最近、いろいろと心理学関係の本や記事を書く機会が増えているが、正しい勉強法とは何かを考えることは自分のライフワークと考えており、それを捨てるつもりは全くない。
 そういうわけで、本年度は、受験勉強法の著作を2、3、4月で5冊(うち2冊は旧作の改訂版ではあるが)も出すことにした。
 それを作る課程で、認知心理学に少し興味をもって、その考え方が受験勉強に応用出来ないかを模索している。その一応の結論が、この3月にブックマン社より出る『新・受験勉強入門(テクニック編)』である。
 本書では、認知心理学だけでなく、一般心理学による記憶理論を応用して、記憶を入力部の記銘、貯蔵部の保持、出力部の想起にわけてその工夫の提示もしているのだが、思考のベースになる知識などの情報源であるリソースと、その利用としての思考など、かなり認知心理学によって、これまでの和田式受験テクニックを解説した一冊になっているから期待してほしい。
 私自身は、受験勉強は情報処理の大変優れたトレーニングと考えているのだが、認知心理学とは、「人間を情報処理システムとみなして、そのしくみや情報処理のしかたを記述するモデル」(市川伸一・伊東裕司編著『認知心理学を知る』)学問であるとのことだ。
 認知心理学の考え方では、人間は情報処理システムとみなされるわけだから、人間のある方向の発達とは、情報処理能力がいかに効率よく、有効なものであるかということになるだろう。
 受験勉強が情報処理のトレーニングになり得ると考えるのは、要するにただ教科書を丸暗記したり、ひたすらにものすごい量で勉強すれば受かるものではないという私の受験勉強観による。もちろん大は小をかねるので、非常に不効率な勉強法をしていても、圧倒的な勉強量で、志望大学に合格する人もいるのは確かだ。しかし、私の印象では、東大生の多くは、このようなガリ勉秀才ではなく、情報処理型の要領のよい学生たちだ。要するに東大の入試問題と合格最低点から、自分の能力特性にあった形では、何をどれだけどんな形で勉強すればよいかを割り出すことに成功した人が合格しているというわけだ。合格最低点が440点満点で210点程度とわかっていれば、英語で80点とっていこうとか、数学で50点とっていこうとか、自分の能力特性に応じた合格プランが立つだろう。苦手科目は30点でいいやという割り切りがあれば、受験戦術も違ってくる。社会か出も論述重視であることを読めば、教科書や一問一答より、新書を読んで歴史などの流れを掴んだほうが合格ラインに届くという発想が可能だ。
 こういう情報処理能力を高め、それを実行に移し、1年なり2年のロングブランで実施する、また途中で計画の修正もするというトレーニングは受験をおいて他に考えられない。受験勉強は出るところしかやらないので、教育を歪めるという考え方もあるだろうが、それは知識を身につけさせるという意味の教育であって、人間の情報処理能力を受験という餌を使って高めるという目的については、出るところしかやらないのは決して悪いことではないし、精神的なストレスの回避にもつながる。問題はその「出るところ」を受験生が見ぬく能力があるかということである。この能力を身につけたものが、受験の勝者になるのだが、そのトレーニングは容易でないかもしれない。
 私が、いろいろな形で勉強法の指導書を書くことについて、ある意味では受験生が自分で見出さなければいけない、勉強法を教えるのは、受験勉強の情報処理のトレーニングとしての側面にマイナスの影響を与えるという考えも成り立つ。一方で、勉強法のガイドブックがなければ、受験勉強はただやみくもに勉強すればよいという考えから脱却できずに、情報処理のトレーニングとしての受験勉強を利用できないという弊害も生じる。私個人は、私の勉強法の著書も、受験生が選択し得る情報の一つと考えている。これを選ぶかどうかも、本人の情報処理能力なのである。
 前向きに考えれば、受験勉強は悪くない脳と能力のトレーニングなのである。
 ついでに言うと、東大卒の官僚が問題を起こすのは、受験勉強のせいではないと私は断言したい。そうでなければノンキャリの汚職が起きるはずがない。ほっといても出世でき、人に頭を下げる必要のない官僚というシステムが、せっかく受験勉強をして優秀な情報処理能力をもった人間をだめにしているのである。私の知り合いでも、民間に言った連中は、その身につけた情報処理能力を有効に利用しているが、官僚になった連中は、同窓会でも元の同級生に平気で(自分は決して酒をつぐことなく)、人が酒をついでくれているのを待っているのである。官僚の汚職を学歴のせいにして、官僚システムが温存されるとすれば、現役官僚は大喜びであろう。後輩を斬るぐらいへでもないはずだ。そして官僚が東大卒から早稲田卒に変わったところで、現行のシステムが温存される限り腐敗は際限なく続くと断言したい。
 これを読む受験生の方は、そういうつもりで安心して、受験勉強を情報処理のトレーニングとして役立ててほしい。
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