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実用的な心理学(98/5/26)

 心理学というと、難解で納得のいかないものというイメージが強いだろうし、そういうほうがありがたいと思う人も少なくないかもしれない。
 最近、とある出版の企画である認知心理学の大家の先生とe-mailのやり取りをしているのだが、難解な認知心理学の方向に向かず、非常に妥当な話をされるので驚いている。最近の認知心理学では、知識の役割も重視するらしく、学習についてもむしろ旧来のやり方を評価する部分もあるとのことだ。たまたま、この先生が学習相談という形で教育相談を受けていることもあって、親身に学習効果について考えていることもあって、より実用的なものになっているのかもしれない。もともとは、私の暗記数学の考え方に批判的だった人だが、学ぶべき点は多い。余談になるが、ある大新聞の企画で、やはり私の勉強法の批判者との対談の企画があったが、その先生は1ヶ月の間に1時間しか私との対談のためにとれる時間がないとの返答だった。たまたま私がその時間は空いていなかったので、この話は流れてしまった。1ヶ月に1時間しか空いている時間がないということが、数学的に考えてもあり得ないことなので、数学者なのに面白い人だとは思ったが、要するに自分と意見の違う人とあって話をしても仕方がないと考えているのだろう。ひらめきを重視する数学者には、人と会っていろいろなヒントを得ようとする考えがないことはよくわかった。受験数学の考え方では、いろいろなやり方を試すにしても、とにかく情報はたくさんあったほうがいいので、対談の機会があれば、どんなに考え方の違う人とでも会いたいというのが本音だ。世間では、私の考え方はせこくて、その数学者の考え方はもてはやされているようだが、一般的な対人スキルとしては、私のもんもまんざらでないと信じている。
 余談が長くなった。実は、私が専門とする精神分析の世界でも、実用的な、あるいは妥当な解釈が重要視されている。あるのかないのかわからない心的エネルギーとか死の本能とか、エディプス葛藤とか、ペニス羨望とかいうもので、人間の心を理解しようとするのでなく、患者の主観を認めてそれに共感していこうという考え方が強くなっている。
 かつての精神分析の考え方では、患者の主観というのは、その人の性欲のような本能や親からの価値観の重圧、つまりエスや超自我によって歪められたものと考えられ、患者の話の中の真実は精神分析医が解釈することでわかるというものであった。
 最近最も人気のある精神分析の学派、自己心理学の祖、ハインツ・コフートはこの件について、こう述べている。「分析家としての私の人生の間に私が学んだ教訓が一つあるとするなら、それは私の患者が私に言うことは真実であるらしいという教訓である――私が正しくて患者が間違っていると私が信じた多くの場合に、しばしば長い探索の後にではあるが、結局はかれらの正しさが奥深いのに対して私の正しさは表面的であるとわかった」
 自己心理学において、患者に対して分析家の取る態度は一般の人間関係でも十分通じる妥当なものである。ほめられたいと思って自分の向上を話題にした時はほめてやり、相手が自分を尊敬して、その人に大丈夫と言われたい時に大丈夫と言ってやる。こちらも患者も同じ人間なのだと確認を得たい時にはそれを与えてやるという風に。
 心理学を数式化したり、難解な哲学にするのが今でも日本では人気があるようだが、これは決して好ましいことではない。アメリカの精神分析の世界や、認知療法的な学習指導者などが、妥当で実用的な心理学を提唱し、実践しているところに、心理学の将来の光明を見た気がする。
 私も今後とも「役に立つ」「わかる」心理学を目指して出版活動を続けていきたい。
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