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核実験に思う(98/6/2)

 インドに続き、パキスタンも核実験を行い大騒ぎになっているが、いくつか言いたいことがあるので、ここでは、人間の心を扱うのが本職の人間として、ある程度放言させていただく。
 確かに、核の拡散は遺憾なことだし、ないに越したことはない。
 ただ、核の不拡散を、いろいろな国の国民感情に訴えることなく、力で押し付けようとするから、さまざまな国の反発を生み、余計にそういう国が核をもちたいという気分にさせてしまうことは忘れてはならない。
 以前の中国やフランスの核実験の強行の際もそうだったが、日本からの抗議が、唯一の被爆国としての抗議として、それらの国には映らない対応をしている。
 抗議の仕方が本質的に間違っているから、そういう国に対して、いかに我々日本国民が核の拡散を遺憾に思っているかが伝わらないのだ。
 こういう際に、日本が取る対応は、アメリカと歩調を合わせての抗議や経済制裁である。
 例えば、今回の一件でも、よその国が制裁を決め兼ねている時に、アメリカと歩調を合わせて、借款の凍結など経済的な制裁に踏み切っている。
 これはいくつかの点で非常にばかげている。
 いみじくも、パキスタンの首相が言ったように、日本が第二次大戦中原爆をもっていたら、広島や長崎はなかっただろうという論理(へ理屈)を証明する態度をとっているからだ。つまり、明らかに国際法に違反した形で民間人が核兵器によって無差別爆撃を受けたというのに、落とされた国のほうが、落とした国の言いなりになっているのを国際的に見せれば、核をもったほうが得だし、相手国の言うことを聞かせることができるというのを証明していることになるだろう。
 経済制裁という手段も賢明と言えない。持てる国が持たざる国に対して、気に入らないからといって、持てる国にしか取れない方法論である経済制裁を行うというのは、相手の国の自己愛を傷つけ、相手によりかたくなな態度を誘発する可能性がある。精神分析、特に自己心理学の立場からはまずい対応だ。第一、ふりあげた拳をいつ下ろすかのタイミングを失うことにもなりかねない。アメリカが許すから、日本も経済制裁を解除するというのなら、結局アメリカの言いなりではないかということを世界中にアピールすることになる。被爆国として、断固許さないというつもりなら、アメリカが経済制裁を解除しても、日本は解除しないという姿勢が必要となる。その場合は、人口10億人を擁し、来世紀には、世界一たくさんの中産階級を抱えるといわれる巨大なマーケットを失う可能性も覚悟しないといけない。現実にボンベイなど南インドはハイテク産業がさかんで、現在ボンベイのオフィスの家賃は世界一、二を争うレベルだということを日本人はほとんど知らない。
 フランスや中国の核実験への日本からの抗議の際に、フランス人や中国人の留学生達が最も納得できなかったのは、日本の言っていることがダブル・スタンダードだということである。その前年くらいに、国連の場で、外務省の役人が日本の政府を代表して、アメリカの核投下は国際法に違反しなかったと言明しているからだ。それに対して、日本人も日本のマスコミも一切抗議の声をあげなかった。それなのに、フランスや中国が核実験を行うと熱烈に抗議したり、不買運動を行ったりする。日本人は核を落とすのはよくて、実験するのはいけないという変わった国民だという印象を与えるわけだ。
 今回のインドの一件でも、日本がまず取るべき対応は、日本国民は今でも原爆投下を許していないぞということの確認のはずだ。被爆国であることを最大限に利用して、被爆者が本気でもう一度怒る。「もとはというと、アメリカが核戦争を始めたのがいけない」と被爆者の悲惨な写真その他を持ち込んで、まずアメリカで抗議をする。戦争が終わって50年以上経った今でも国家賠償を求める従軍慰安婦の方々のように、アメリカで国際法違反の被害に対して賠償裁判を起こせばよい。国際法違反には、時効はない。現に元ナチ野人たちは今でも世界中を逃げ回っている。核兵器を使った場合は、戦争に負けた国が勝った国から賠償を請求できる前例を作れば、核開発に一定の歯止めがかかるはずだ。もちろん、勝ち目のない裁判だが、アメリカ人の弁護士の中には協力してくれる人もいるだろうし、かなりの影響力を与えることもできる。貿易や防衛面でも、日本への無理難題が少しは減るかもしれない。もう一つは、核兵器を落とされると末代恨まれることを示すことができる。それを行った上で、被爆者を前面に出して、インドやパキスタンに抗議をするのなら、説得力も訴求力も違う。
 そんなことをすると、アメリカに嫌われると思うのなら、民間の対応と政治の対応を変えればよい。政治家が原爆投下が国際法に違反しないという立場をとっている以上、経済制裁はできないと言えばよい。政治的には、我々の国は原爆投下を容認するくらい寛容な国なのだと表明してしまった以上、どこの国も責めることはできないということにする。政治家は国益を守る立場にあり、民間人は被爆国民として核兵器を許さない立場にいるのだから、そのくらいの使い分けをしても当然だ。
 ついでに言うと、インドという国は歴史的に親日的な国だし、日本の立場をわかってくれた国でもある。東京裁判において、「これまで、戦勝国がアジアに行ってきた行動を鑑みたり、広島、長崎で無差別爆撃を行ったことを鑑みたら、戦勝国が日本を裁くのは公正を欠く」として全員に無罪の判決文(反対意見)をだしたのは、インド代表のパル判事だった。核をもっている国の論理で、核をもっていない国を裁いてはいけないというのは、その意見の延長とも言える。
 アメリカの広島、長崎でやったことを容認し、さらにその尻馬にのって、相手国、相手民族の自尊心を傷付ける経済制裁しかできないというのでは、諸国の核をもちたい気分を増すだけだし、日本も重大な貿易相手を失うだけだ。
 抗議をする順序や相手を間違うのは、絶対に損である。
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