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老人力と老いの受容(99/2/18)

 われわれ、高齢者を専門とする医師の立場から見て、老人力ということばの画期的な点は、老いや老いにまつわって生じるさまざまな肉体的・精神的状況を肯定的に捉えているという点だ。現実には、老人の専門家であっても、老いは避けたいもの醜いものと考えている人は多い。たとえば、全国に20以上もある大学病院の老人科では、ほとんどのところで、研究のメインテーマは「老化の予防」にまつわるものである。老化が起こってしまった人に対してどのような治療や処置が好ましいのか(これを私は「(老人に)なってから医学」と呼んでいる)の研究はほとんどなされていない。裏を返せば、当の高齢者でなく、高齢者を研究する(高齢者でない)人にとって、老いは怖く、避けるべき存在なのである。そういう点では、老いや老化を恐れず、歓迎しようとしう姿勢がまだ高齢者でない人間から出てきたことは歓迎すべきことだ。実際、高齢者の医療、特に末期医療を考える上で、このような「老いの受容」の問題を無視して、老いを恐れる若い人の発想をあてはめることの危険性は小さくない。たとえば、若い人なら「寝たきりになってまで生きていたくない」と思うだろうが、寝たきりの人の多くは長いプロセスを経て今の状態になっている。腰が痛くて歩きづらくなった際にも、「まあいいか」とそれを受容する。今度は心臓が悪くてあまり動いちゃいけないと医者に言われると、しばらくは辛いが、それも「まあいいか」と受容する。さらに骨折して、車椅子生活になると、それも「まあいいか」と受容する。そして最終的に寝たきりになるわけだが、これまで連続して老いを受容できてきたから寝たきりも受容できるし、寝たきりでも生きていたいと思えるのである。つまり、寝たきりでも生きていたいと思えるのは、連続性をもった老人力の賜物なのだ。そういう点で、高齢者のものの受け取り方が若い人と必ずしも同じでないことに目を開かせてくれた点にこのことばには大きな価値がある。
 『週刊文春』の2月18日号でも指摘されていたが、この老人力ということばは、老人の中の「若者力」のことを指すのではない。老いることそのものによって得られる、ものを捨てることが平気になる能力について言及しているものだ。
 しかし、私は高齢者を専門とする立場から、やはり現在の高齢者を考える際に、「老人の中の若者力」についてもきちんと考える必要があると思う。現実に高齢者は知的にも、体力的にも若返っているのだ。
 高齢者の問題を考える上で、彼らが「老いの受容」という形で身につける「老人力」とまだ一般社会で十分働けるし、遊びの心理も年寄りめいたことのみに限定されないという「若者力」とが併存しているのだということを。この老人力ということばがクローズアップされてきたことにまつわって、私が痛感するところである。
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