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英語の公用語化に物申す(2000/1/20)

 私的とは言え、首相に対する諮問期間「21世紀日本の構想」懇談会が1月18日に最終報告を首相に提出した。
その中で、初等・中等教育を5分の3程度に圧縮するという信じられない提言がなされているが、これついては私の日ごろの学力崩壊への提言を見てもらえばよいとして、英語を第二公用語とするという提言についての意見を述べたい。
 基本的に、この提言の中では、英語を語学として勉強するのと、普段の中で身につける特性の違いが理解がされていない。英語を日常で使っていれば、確かに聞き取りや簡単な会話はうまくなるだろう。しかし、英語を母国語にするアメリカでさえ、大学生の2割近くがろくに読み書きができないことでもわかるように、公用語にすることで、英語の読み書き能力がそう伸びるものではない。むしろ旧来の受験英語をきちんとやったほうが、基本的な読み書き能力は増すはずだ。そして、レベルの高い読み書きができなくて、あるいは会話の知的レベルが低くて、とりあえず日常会話レベルは上手というような人は「植民地の英語」と馬鹿にされているのをどのくらいご存知だろうか?
 語学として英語を学んでいる日本人は日常会話は苦手だが、少なくともそれなりの大学を卒業して、海外に留学や赴任をさせられた場合、論文やビジネス文書はそれほど苦手にしない。私自身、留学中、コーヒーを頼んでクッキーが出てくるくらい発音が悪かったし、今でもそれは治っていないが、私の書いた英文の論文の評価は高くて、英語の精神分析の本の書評を頼まれるくらいである(もちろんこの書評も英文で書くものだ)。発音や耳より伝える中身が大切だし、読み書きの能力のほうが大人の世界では(もちろん、ナンパやショッピングのためには前者のほうが大切なのだろうが)大切なのだ。
 ついでにいうと語学として言葉を学んだほうが応用は利く。日本人は英語ができると第二外国語もそれなりにできるのはそのためだ。アメリカ人で英語以外のことばが使える人はおどろくほど少ないが、さらにもう一カ国後などというとミラクル扱いされるものだ。
 第二に問題にしたいのは、現在の学力崩壊の中で、日本語力の低下が顕著だという視点が忘れられていることだ。日本語でプレゼンテーションや論理的な文章が書けない人が英語でそういうものが書けるわけがない。むしろ、日本語教育の拡充のほうが現実的であるし、火急の問題だ。
 第三に、ハンディキャップは時に利点になる。日本は臓器移植が禁止されていた時に、人工臓器の開発が世界一進んだ。語学に関しても、ワードプロセッサーを世界に先駆けて開発できたのは日本語のハンディのおかげなのである。そして、2,3年のうちの実用にたえる翻訳ソフトができるとされているのに、わざわざ英語に歩み寄る必要はない。むしろ、英語を中途半端に公用語にすることで、さまざまな日本語と英語を結ぶ技術開発がおくれるほうがよほどデメリットが大きい。ついでに言うと、しばらくの間コミュニケーションは国際電話やダイレクトな会話より、電子メールやインターネットになってくるので、ますます英語の読み書きの能力が重視されるということもこの答申は忘れているようだ。
 最後で最大の問題は、頭脳流出の可能性があります。これだけインテリを冷遇している国は、実は日本をおいて他にない。どこの国でも学力の高い人間は収入も多いし、異性にももてる。日本のように学力の高い人間とそうでない人間との給料の差が少なく、勉強ができるよりルックスがよかったり、スポーツができるほうが数段異性に人気のある国では、みんなが自由に英語が話せたら、かなりの確率でそういう人間はアメリカに移住することだろう。昔のように高卒の人でも学力レベルが高い時代なら多少外国に優秀な頭脳が流れても平気だろうが、今のように学力低下が顕著で一流大学卒でもまともな学力がある人が少ない時代に、その少ない学力秀才がアメリカに行ってしまったら、日本はどうなるというのだ。優秀な香港人がカナダにこぞって移住した例や、優秀なフィリピン人がみんなアメリカに移住したのを思い出してみるといい。これは大きな声でいえないが、英語圏の人間がみんな語学音痴なので日本は実は救われている。というのは、英語の技術はすぐに日本に導入できるが、日本の技術は日本語をよめるテクノラートが英米には少ないので、意外に流出しないのだ。(もちろん、特許の部分は別だが、これに関しては保護されるのだから、問題なかろう)
 せこいようだが、国のことを考えたら、やはり英語は公用語にすべきでない。少なくとも、フランスやドイツの政治家が英語を公用語にしようなどと言ったら、その人間はその国の政治の世界からは追放されるのは間違いない。
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