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教育2002年問題について考える(2000/4/3)

 最近、教育関係者や経済学者などの間で、さかんに教育2002年問題ということが論じられている。いろいろな要因があるにせよ、大学生(そして、小中学生、高校生)の学力が大幅に低下しているまっさなかに、2002年度から始まる新学習指導要領の導入によって、教育内容が約3割削減され、授業時間が2割も削減される。その中で、教科の枠にはとらわれない反面、まだカリキュラムもノウハウもはっきりしていない総合学習という新しいシステムが導入されようとしている。こんなことで、日本の子供たちの学力は大丈夫なのかというのが、教育2002年問題である。実際、日本では、中学生が2次方程式しか学ばない中で、シンガポールでは微分や積分、指数や対数関数を中学生に教えているし、イギリスでも対数や三角関数も中学生に教えている。こんなことで外国に勝てるのかというのは、率直な心配である。
 アメリカは、60年代から教育を大幅に自由にして、カフェテリア方式といって、生徒が好きな科目を選択してよいシステムを導入した。その結果は、大学生になっても1,2割の子どもがまともな読み書きもできないという惨状だった。それに対して、アメリカ教育省は、1983年4月に「危機に立つ国家」というブックレットを発行し、全米で3500万部を売るベストセラーになった。それを契機にアメリカは、子どもにきちんと勉強をさせる、カフェテリア方式をやめて、教科学習を強化するという方向性を打ち出し、さらにクリントン大統領が、教育に力を入れると宣言して、大幅に予算を増やした結果、アメリカは98年には、SATという大学入学資格テストが過去最高点になったいう。

 クリントンの改革をまとめておこう。
ア. クリントンの当初の教育改革プラン@基礎学力としての英語(国語)と数学の学力向上A4年次の英語、8年次の数学の新しい統一試験Bすべての基礎学力の学力向上C優れた先生の育成D幼児教育の重要性E親による選択と責任の枠の拡大Fドラッグの追放、安全と秩序G校舎の近代化

イ. クリントンの1997年の年頭教書@早期学習に予算をつけて、すべての保護者が子供にとっての最初の先生になるA公立学校の選択Bすべての学校の成績表を作成(学校同志の競争原理の導入と情報の開示)C「最初の先生は親」奨学金の導入Dすべての卒業証書を意味のあるものにする(小学校からミドルスクール、ミドルスクールからハイスクールに進学する際に試験)

ウ. 教育責任法(1999年1月の一般教書演説)――@エスカレーター式の進級の中止、教科内容を修得しないまま上の学年に上げることを許しておくわけにはいきませんAすべての州や学区で最も成績の悪い学校については、成績を好転させないとその学校は閉鎖させないとなりません

これに対して日本は、1977年にゆとり教育という概念を導入して以来、カリキュラムを削減しつづけている。私が教科書センターで調査した限りの日本の小学6年生と中学3年生の教科書の目次の変化をまとめると以下のようになる。

小学6年生教科書の流れ(すべて東京書籍のもの)
昭和20年代、生活実態に即した教科書
昭和33年検定 家計簿や国土のように生活に即した教科書、計算重視
昭和45年検定 かなりの詰め込み、立体図形、場合の数、比例などが導入、文字式を小学生に教える
昭和54年検定(1977年の「ゆとり」概念導入後の教科書)
教科書がかなり薄くなる(45年のものは、上131ページ、下123ページだったが、上102ページ下82ページに)
文字式が削除、計算のきまりと工夫、問題の考えかたなども削除、立体図形が大幅に削減される
昭和60年検定、式とグラフを比例や反比例の項に移すが大きな変化はない
平成3年検定、数直線の削除、図形の問題、式とグラフ(数量関係の調べ方、ダイヤグラムなど)の考え方の大幅削減
平成7年検定(現行)、平成3年のものと大きな変化はない
平成11年検定(本年度)、分数と少数の計算などを削除

中学3年生教科書の流れ
昭和20年代、計算重視、関数の概念はないが、社会と数学などの項目がある
22年の学習指導要領(生活経験を中心に――これは批判されてつぶされる)数学と自然現象、社会現象との関わりについて触れてあった
26年の学習指導要領、生活経験、理解および能力、用語の準、文字式の導入、対称・回転体(上下で約300頁)
昭和31年検定、昭和34年改訂、ほぼ上記と同様、約300ページの教科書
33年の指導要領、数、式、数量関係、計量、図形の5領域
ax二乗+b、二次三項式、度数分布、代表値、相関図、三角比などが扱われる。3年に選択が設けられる
昭和40年検定、選択必修の形をとり、三元連立方程式、分数式、軌跡の問題は選択となっている(約260頁)
昭和44年の学習指導要領、数・式、関数、図形、確率・統計、集合・論理の5領域
二元一次不等式、逆関数、ax三乗、散布表、相関の見方、標準偏差、直接証明と間接証明、面、点、線のつながりと直線、平面のひろがり
昭和49年検定(詰め込み教育の時代)、関数概念の充実(逆関数など)、軌跡は必修、標準偏差も教えている(ただし、教科書の厚さは240ページほど)
昭和52年学習指導要領(ゆとり教育)数と式、関数、図形、確率・統計の4領域
逆関数、ax三乗は削除、図形の位相的な見方から論証の扱い重視、散布表、相関の見方、標準偏差を削除、確率と標本調査の基礎へ
昭和55年検定(ゆとり教育導入後)教科書は180ページ程度に。逆関数、二元不等式、軌跡の削除、確立のみ追加、統計は標準偏差の考え方は削減
昭和61年検定、空間図形などの削減(約200ページ弱)
平成元年学習指導要領、数と式、数量関係、図形の3領域
二乗に反比例する関数、定義域、値域の削除。課題学習の新設
平成8年検定(現行のもの)、集合と関数、三平方の定理の応用(特に立体図形への応用)、立体図形の体積などの削減(約200ページの教科書)

 平成元年に最新の指導要領が導入され、その際にかなりのカリキュラムが削減されたが、それを小学1年生から受けてきた第1期生が、99年度入学の大学生あるいは、その年に予備校に入った浪人生である。各大学でも、以前にもまして、学力低下が深刻になったと問題にされている。
河合塾は、毎年クリニックテストといって、同じ問題を課して、受講生の学力の変化を追っている。ここでも99年度の学力低下は目立つ。


河合塾のクリニックテスト(数学)の結果
(上位、中位、下位は偏差値できめる、つまり同じ年での総体順位は同じレベル)

上位 理系95年84.5→99年81.5、文系85.6→86.1
中位 理系57.0→41.7、文系61.3→42.3
下位 理系37.2→21.5、文系37.8→21.1


 一番問題にしないといけないのは、本来ゆとり教育でもっとも恩恵を受けないといけない下位層の子ほど学力低下が顕著だということである。カリキュラムをへらしても、わかる子は増えないし、かえって最終的な学力は落ちてしまうのだ。
 結果的に、今回のゆとり教育で、子どもの学力が回復される保証はまったくないに等しい。
 では、どのように解決すべきなのだろうか? 
  一つは、アメリカ教育省が1998年に発表したレポートが参考になる。


調査によると、少人数クラスは、低学年の生徒の成績を向上させる。生徒の学業成績に与える少人数クラスの顕著な校かは、クラスサイズが15から20人の生徒数レベルまで縮小したときに現れる

実質生徒数20人以上のクラスを、20人未満に縮小すると、平均的な生徒の成績が、50%から60%上がった。障害をもつ生徒や、少数民族の生徒にはより大きな効果が見られた。

生徒、教師、親のいずれもがクラス規模縮小でよい影響があったと述べている。

 このように効果が不確かなカリキュラムの削減より、クラスのダウンサイジングのほうが、特に低学力の子どもにもよい影響があるのである。(ところで、今回の教育改革国民会議の江崎玲於奈氏は、1クラス24人くらいが適当と読売新聞での対談で語っている。しかし、その根拠は、アメリカで自分の子どもが通っていた頃のクラスの人数が27、8人だったからのようである。つまり、教育改革の責任者でありながら、おそらくはアメリカの教育省のレポートも読んでいないのである。確かにノーベル賞学者である偉業は認めるが、物理につていは世界的な学者でも、教育については素人なのだから、もっと勉強をしていただきたい。たとえば、いくらノーベル賞学者だからといって、あなたは江崎氏に盲腸の手術を頼む気になるかを考えてみればよい)
 基本的には、カリキュラムを削減するより、クラスのダウンサイジングや能力別編成のほうが実効があると私は断言したい。
 次に総合学習であるが、これについて私は反対しているわけではない。ただ、導入するにはいくつか条件がある。
 まず、こんなに教科の学力が下がり子どもの勉強時間が少なくなっている時期にやるべきでないということだ。東京都調査の家でまったく勉強しない子供――中学2年生、92年27%、95年35%、98年48%となっている。不景気や学歴社会の崩壊で、親が子どもに教育費をかけたなくなり、子どもが勉強をしなくても看過するようになっている時期に、このような新システムを採用するのは、失敗した時のリスクが大き過ぎる。アメリカのように「最初の先生は親」という形で、家庭教育を充実させた上で導入すべきである。
 第二に、地方分権化してからやるべき。これに従う自治体も、旧来型の教育を続ける自治体もあってよい。すると、うまくいっているほうのまねをするはずである。現に介護っ保険は初めて全国一律を廃し、市区町村を保険者にすることで、各々の自治体で工夫できるようにし、それがモデルを作りやすくすることだろう。
 第三に、十分なテスト期間、実験を経てから、どんなやり方、どんなクラスサイズでやるべきかを決定してからやるべき。試用期間が短過ぎて、本当にうまくいくかの保証がなさすぎる。もちろん、この試用は、マンパワーも充実し、親の意識も高い、国立の付属学校だけでなく、一般の公立学校でも行うべきである。
そして、十分な研修機関を作ってからやるべきである。総合学習は教師や学校の裁量で自由にしてよいというのは無責任である。どのようなやり方がうまくいくのかを例示(これに従えというのではない)した上で、これを行うべきである。
 最後に、総合学習を教科学習の時間を犠牲にしてやる必要があるのかも考える必要がある。もし、総合学習が楽しい時間なのであれば、学校にいる時間が長くなっても、生徒yは平気なはずである。すると、それができないのは、教師が残業を拒むからということになる。もちろん、教師の労働環境を必要以上に悪くするべきではないだろうから、それならば増員なども考えないといけないだろう。
 少なくとも、以上のような条件がクリアされない限り、ゆとり教育、及び総合学習の導入を柱にした今回の新指導要領を認めるわけにはいかない。
 上記の理由のため、私は京都大学の西村和雄先生ほかの有志の先生方と2002年度からの新指導要領の中止を求める国民会議を結成し、その代表幹事を務めることになった。別掲のちらしを参考にしていただいた上でぜひ賛同していただきたい。

新指導要領の実施中止を求める

 「ゆとりの教育」とは名ばかりの貧しい教育政策が日本ではとられています。その政策が制定した現行の指導要領のもとで学んできた学生の学力低下が顕著になっています。先進国、あるいはアジアの発展途上国と比較して、日本の子供達は、最も内容の薄い教科書を用いて、最も少ない授業時間で主要科目を学んでいます。2002年からは、学習内容3割削減の名の下に、更に授業時間と教科内容を削減することが決定されています。このままでは週休2日制の完全実施を含め改悪された指導要領が、父母や国民の声を無視して一方的かつ画一的に実施されます。私達はこの2002年からの新指導要領の実施を一旦中止することを求めたいと思います。そして、よりよい内容の教科書とより効果のある授業内容が検討され、その結果として本当の意味での国民のための教育を実現するきっかけとしたいと思います。この趣旨に賛同される方は、是非、署名運動にご協力下さい。


2002年度からの新指導要領の中止を求める国民会議, NAEE2002
代表幹事(アイウエオ順)
上野健爾(京都大学教授)
戸瀬信之(慶応大学教授)
浪川幸彦(名古屋大学教授)
西村和雄(京都大学教授)
和田秀樹(精神科医)

 新指導要領の実施を一旦中止することを求めるのは次のような理由によります。


新指導要領では、主要科目の授業時間が大幅削減されます。

新指導要領では、3桁×3桁の掛け算や、4桁どうしの足し算や引き算がなくなります。これでは千円札で買い物をしてもおつりの計算ができないことになります。小数第2位以下は扱いません。円周率3.14は残りますが、実際の計算では「およそ3」となります。割る数と掛ける数が単位分数(分子が1の分数)の場合しか分数の掛け算と割り算を日本の子供たちは学ばなくなります。

現在の指導要領下で習った学生が急激な学力低下を起こしていることが、現場の先生方から報告されています。河合塾のテスト、国立教育研究所の調査からも明らかです。次の指導要領を実施すれば、より一層の学力低下が進行するでしょう。

日本の国立のトップ校(以下のA2、B2)、私立のトップ校(以下のa2、b2)でも学力低下が激しくなっているのに、これまでの教育政策の中には何ら対応策が見られません。以下の表は、小学校と中学校の問題を中心とする25点満点テストで満点をとった学生の割合です。Xは中国の大学です。

日本のトップ校の学力


「学力調査−1999」戸瀬信之・西村和雄、『小数ができない大学生』
(東洋経済、2000年3月)より


●インターネットでのご署名は、
 3月31日までは、http://homepage1.nifty.com/NAEE2002/
 4月1日からは、http://www.naee2002.gr.jp/
 で受け付けております。
●郵便でも受け付けております。葉書きに、名前、性別、年齢、職業、住所をお書きの上、
 〒160−8799東京都新宿郵便局留NAEE2002
 宛にお送り下さい(郵便では葉書きのみを受け付けます)。
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