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警察の失態について思う(2000/4/3) 最近になって、次々と警察の失態ぶりがとりざたされている。 子どもたちの間では、「うそつきは警察の始まり」ということばが流行り始めているという。余談になるが、公安委員会の高給ぶりが問題になっているが、これは、そういうシステムなのだから、仕方がないとして、問題は公安委員の大多数が法律に従っていない人だということだ。彼らが高給を保証されるのは、たとえ、週一回の勤務であったにせよ、その職務に専念している限りにおいてだと法に定められている。つまり、他の職業をもっている人は、年棒は2600万円ではなくて、一回七万円の報酬だという。これであれば、私は決して高給とは思わない。家にいても、国の公安についてずっと考える立場であるのなら、2600万円は法外ではない。また、他に職業を持つ人の委員会でのアドバイス料が1回七万円の報酬というのも、妥当、あるいは安いくらいだろう。ただ、今回週刊文春の調査で、法律に詳しいはずの元日本弁護士連合会の副会長や、世辞に詳しいはずの元日本経済新聞社社長が、法律違反の形で、つまり他の職業をもち、そこから少なくとも1000万円以上の報酬をもらっているのに、1回七万円ではなく、年間2600万円の満額支給を受けているということだ。警察を監督する公安委員が自分の懐のために法律違反を平気で犯すような国では、警察のことは言えない。上の人間ほど重い責任をもつのが、ほかの先進国ではルールだし、法律を読まないで、公安委員を続けている人は即刻辞任すべきだし、読んだ上でもらい続けているのでは、逮捕されてもやむを得ないだろう。そういう形でえりを正さない限り問題の解決はほど遠い。 基本的な問題は、減点主義の評価システムだということなのだろう。特に本部長クラスになると、自分が本部長時代に、その県警で何も問題が起きなければ、さらに上に行けるし、そうでないと「上がり」ということだ。つまり、自分が本部長時代に、その県の犯罪を減らしたとか、交通事故を減らしたということは評価の対象にならないようだ(たとえば、アメリカでは、こういうことが高く評価され、その本部長が市長になったり、上院議員になったりする)。だから、隠蔽体質になるのは、やむを得ない。 たとえば、今の警察の評価システムであれば、30キロのスピード違反で、ねずみ取りをがんがんやって、スピード違反の検挙を増やすと評価される。しかし、その結果、その遅れを取り戻そうとよその道でスピードを出すようになったり、あるいはドライバーがいらいらして精神的に不安定になったりして、事故が増えても、その管轄の警察の失点にはならない。人の命よりノルマが大切なのだから、事故は減るわけがない。あるいは、本来交差点で交通整理をする警官の手信号は、信号に優先する。つまり、腕のいい警官が一人いれば、混んでいるほうの道の車を優先するなどして、混雑の解消が可能なのだが、警察官が交差点にいると、黄色信号でも止めてしまうので、必ずといっていいほど渋滞が起こる。すると、よその道での事故が前述のような理由で増えるかもしれない。 評価のシステムを事故の件数のみにおけば、警察も、ドライバーの心理などを考えて、どういうやり方が一番事故が減るかを真剣に考えるだろう。また渋滞を減らすのが警察の役割であるのだから、それが実行できた場合の評価もあれば、交差点の警官にももっとまともな研修をすることだろう。(渋滞は大気汚染の最大の原因である。電気自動車やハイブリッドカーが主流になるまでは、巡航速度を出す車が起こす大気汚染は大したことはないが、アイドリングをしている車の排気ガスはとても体に悪い、こんなことを警察はどう考えているのか?) そういう目で見ていると、今回の一連の騒動のきっかけになった神奈川県警のできの悪さは東京と比べるとひどいものだ。 たとえば、東京と川崎を結ぶガス橋という橋があるのだが、東京側の信号は時差信号で右折にもたっぷり時間がとってあるので、神奈川から東京方面での(つまり多摩川をわたって東京に入ってからの)渋滞は目立たないのに、神奈川側の信号は、朝はほとんどの車が右折するのに、右折車線も用意されておらず、また一応時差信号ということになっているが、ほとんど時差がないため、一回の信号で2、3台しか通れない。朝の時間帯だというのに、上りは流れていて、くだりのほうが流れないのだ。 首都高速の大師の入り口も現在工事中なのだが、ほとんどの車が入り口に入るために左折するのに、その車線が工事中のために、ものすごい信号待ちになる。工事中のあいだくらい別のレーンを書き換えたり、あるいは左折信号を用意するだけでかなりの渋滞解消になるはずだ。 ドライバーのことや、県下の道路事情をまったく見ようとしない県警の態度にはあきれるばかりだ。元阪神タイガースの名投手、江本氏の「ベンチがアホやと野球はできへん」ということばが、今身にしみて感じられる。 「上がアホやと警察はできへん」 そのために、交通事故にあったり、渋滞のための排気ガスに苦しめられる地域住民は気の毒というしかない。 |
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