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精神障害者の犯罪について考える(2001/6/15)

 大阪で痛ましい事件が起こった。
 精神科に通院中の37歳の男性が刃物をもって学校に乱入し、幼い命を8人も 奪った。
 私も精神科医のはしくれであるから、精神障害に苦しみ、その病のために行動に抑制が利かなくなったり、あるいは病の症状として犯罪行為に走る人間については、一般の人と比べて多少はそのメカニズムもわかるし、一方的に犯人が悪いわけでなく、病気になってしまったことを含めて多少は同情的な目で見てしまうほうだと思う。
 それでも、私自身が同じくらいの年齢の子をもつ親なので、自分の娘が同じ目にあったら、どんなことがあっても許せない気持ちもわかる。
 この手の事件があると、いろいろと取材を受けるのだが、短いコメントでは説明しきれないこともあるので、よほど長い付き合いがあって断れないような場合を除いてお断りしている。
 代わりに、このエッセイで見解を述べたい。
 まず第一に、こういう事件の際に必ず出てくる精神障害者野放し論である。
 これについては、いくつかの点で考えないといけないことがある。
 確かに精神障害者の大部分を隔離したり、収容したりすれば、精神障害者によ る犯罪は減るだろう。精神障害者の疑いもある人も含めてみんな入院させれば、理論的には精神障害者による犯罪はおこらないことになる。
 しかし、そのコストを誰がみるのかという大きな問題が生じる。一人の患者を 入院させれば公費が年間3〜400万円飛んでしまう。疑いのある人までみんな入院させるというのなら、100万人以上になるだろう。この歳出欠陥のおりに年間数十件の犯罪予防のために3,4兆円の金を使ってよいかは真剣に論議をしないといけない。
 また、これによって精神障害者に対する偏見は大きく増し、治療は大きく後退する。そうでなくても、日本には35万人の入院患者がいて、人口が倍以上いる アメリカの3倍近い数字になっている(もちろんアメリカが入院をさせなさすぎるために、精神障害者の多くがホームレスになっているという問題もあるが)。 薬も発達してきて、地域の中で生活しながら、外来で治療するというのが世界的な流れとなる中で、大きく精神障害に対する治療が後退することは、犯罪を犯さない大部分の精神障害者に対しては非常なデメリットであるし、その多くが治療によって仕事につけたり、日常生活ができたりすることを考えると大きな社会的損失である。まして、うつ病の患者さんまでが精神科に通いにくくなるとすれば、そうでなくとも年間33000人が自殺しているというのにそれがもっと増えるかもしれない。
 危険性のある患者だけをきちんとマークすればいいではないかという考えもある。これについては、一理ある。現状の精神医療は入院の形態があまりに画一的である。慢性期の何もできなくなった、むしろ大人し過ぎるのが困る患者と、急性期の大変手がかかり、本来ならインセンティブな治療が必要な患者が同じ扱いで入院 している。もちろん、病院によっては慢性期病棟と急性期病棟をわけているが、厚生省がその対応をきちんとしていないので、急性期病棟に十分な人員配置ができない。現在ほとんどの精神病院で医者一人で患者を50人くらい診る形になっ ているが、私の留学中のアメリカの精神病院では医者一人で患者は6人程度、看護婦はマンツーマンに近い形でついていた。
 慢性期の患者を施設に移して、その浮いた金である程度急性期の患者をしっかり診たほうがいいというのはもっともな話である。
 ただ、それは治療を目的、退院を目的にしての話である。もちろん、これまでより充実した治療をすることで、このような問題を起こす確率は減るだろうが、ゼロにはならないだろう。きちんと治療しているはずなのに、退院しておかしなことを起こしたという話になることも時には起こる。逆に少しでも危ない可能性のある患者はずっと出さないというのでは治療にならないという問題はある。
 もう一つは、今回は再犯のケースであるが、おおむね分裂病などでは初回エピソードがいちばん激しい症状を出すことが多い。初めてのケースに関して、危なさを予想するのが難しい。家庭内暴力など危ない患者をどんどん入れていけばいいという考え方では、家族の厄介物のような人が、医者の主観で一生病院から出られないというケースも生まれてくる。宇都宮病院事件では、確かにこのようなケースは存在した。
 初犯のケースは予期のしようがないが、再犯のケース、一度でも凶悪犯罪を犯した精神障害者には治療処分として、それ専用の施設を作って治療をしながら長期収容するという考え方もある。これは現実的といえる。確かに一度でも犯罪を犯した精神障害者は、普通の精神障害者より犯罪を犯す確率ははるかに高い。
 ただ、これが精神障害者に対してだけであれば、精神障害者に対する差別であることも確かだ。というのは、少年犯罪でも、普通の犯罪でも、一度でも事件を犯した人間がまた犯罪を犯す確率は一般人口よりはるかに高い。少年法を重くすることに反対する人権派の弁護士たちは、8割は更正する、9割は更正するなどといっているが、逆に言うと1割、2割の人間は更正せずに何度も犯罪を犯すということである。凶悪犯罪については、なおのこと再犯率が高いとされるし、性犯罪についてはもっと高いとされている。もし治療処分が許されるなら、こういう再犯率の高い人間も、予防拘禁したり、長期間保護監督下におかないのであれば、法の下の平等の精神に反するし、精神障害者に対する差別と言われても仕方がない。私は精神科医として、精神障害者に対する差別は許せないので、治療処分をやるのなら、一般の元犯罪者についても、一般人口より危険であるという理由で何らかの監督処分を考えてほしい。
 こういうことが非現実的というのであれば、もう一つの方向性として考えられるのは、精神鑑定のあり方を見直すことと、被害者に対する補償のシステムを充実させることだろう。
 現実には、少なく見積もって100万人以上いると考えられる精神障害者のうち、平成11年の統計をみると、精神障害者による殺人事件は52件、精神障害の疑いのある者による事件は72件である。精神障害になったからといって凶悪事件を起こすとは限らず、むしろ二万人に一人というオーダーなのである。殺人 と放火を除くと一般人口よりむしろ犯罪を起こす確率は少ないくらいである。
 だからこそ、精神障害者を危険視するな、差別するなというのは、もっともな話であり、こういう事件を起こす人間が一人いるから、他の多くの精神障害者が 迷惑するという言い分ももっともなことである。
 少なくとも、「人を殺せ」というような幻聴が聞こえている患者が年に50人しかいないとは考えられない。かれらの99%は、そのような幻聴が聞こえても、苦しみながら、それを抑え、我慢しているのである。
 粗暴な性格の人間がいて、彼らは一般人口より犯罪を犯す確率が高かったとしよう。そういう性格の偏りの場合は、がまんできる人間は一般市民として生活し、がまんできずに犯罪を犯すと罪に応じてさばかれる。
 99%以上の人ががまんできるような病気なのであれば、やはり我慢できなかった人間は裁かれてしかるべきなのでないか?そうでなければ、がまんしている精神障害者に失礼なのではないかというのが、私の率直な見解である。
 最後に、予防拘禁や治療処分は現状の日本の財政状態を考えるとあまりにコストがかかる。その代わりに被害者に対する補償を充実させたらどうだろうか?年間50件なのであれば、一人二億円の補償をしても100億円で済む。人の命をお金で買うという発想は間違っているかもしれないが、それでもないよりはましだろう。もちろん、周囲の暖かい愛情も不可欠だが、100億円程度で済むの なら、補償制度を充実することくらいがせめて政治ができることなのではないだろうか?

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